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フォトエッセイコンテスト1次選考通過作品

行ってきますの駅 おかえりの駅

小林 治

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平成元年3月結婚して泉ヶ丘駅前団地での生活が始まりました。

18歳で大阪市住吉から百舌鳥に引っ越し、高校3年生のころは我孫子まで8キロ自転車に泉ヶ丘駅が「行ってきます」の駅、「おかえり」の駅の生活が始まりました。

通勤はもちろん、買い物も泉ヶ丘駅がスタートゴールでした。

「行ってきます。」と出かけて、いつも「おかえり」と迎えてもらっているような気がする駅でした。

3人の子どもが生まれ、散髪屋さんも駅前で、いつも窓から電車見える席で3人の子どもが交代で髪の毛を切ってもらっていました。

上の子が小学校に入学するころ光明池駅地区に引っ越しました。

悲しい出来事もありましたが、光明池駅が今度は「行ってきます」の駅、「おかえり」の駅になりました。

散髪屋さんも光明池駅前にありました。

電車は見えずにちょっと残念でしたが、駅に向かう行き帰りや近くの遊歩道の橋の上からいつも泉北高速鉄道を見ることができます。

子どもたちも通学でお世話になりました。

定期を落として預かってもらい連絡をいただいたり、自転車をゴメンナサイして取りに行ったりもありました。

そこから、30年、退職の日も光明池駅が「行ってきます」の駅、「おかえり」の駅でした。

旅行や仕事で遠くへ出かけても、難波駅で泉北高速鉄道の車両に乗った時や地下鉄乗り換えで泉北高速中百舌鳥駅のホームに立った時、「帰ってきたなあ」としみじみ思っていました。「ただいま。」って心で言っている自分がいました。

長い間、本当にありがとうございました。

 

(PS.このメッセージが届くころ、近大病院に入院するために光明池駅から泉ヶ丘駅に向かいます。無事退院して、二つの駅で「ただいま」って言いたいなと思っています。「おかえり」って迎えてもらいたいなあと思っています。

「行ってきます。」)

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